論争史


 

審問官:それでは、アイザック・ニュートン氏の訴えにつき、審判します。  
まず、申立人アイザック・ニュートン。あなたの発見を、ここにいる
ライプニッツが横取りしたとのことですが、間違いありませんか? 

 ニュートン:ええ、間違いありません。私が3年も前にした発見を、
 こいつがつい半年前になって自分のものとして、学会で発表したので
 すから。                           

ライプニッツ:冗談じゃない!だれがお前なんかの発見を盗んだりす 
るもんか。あの発見は、間違いなく私自身がしたものだ!      

被申立人は静粛に!

いや、これがだまっていられましょうか。大体、ニュートンはいつも 
他人の発見に難癖を付けるので、学会でも相当問題になっています。 
審問官殿、ニュートンのやつの言うことなど聞く必要はありません。 

  

 貴様、法廷で私を侮辱するつもりか?              

申立人の言うとおりです。被申立人は静粛に。さもないと法廷侮辱の
罪を負ってもらうことになりますよ。              

失礼。ちょっと感情的になっていました。しかし、申立人の訴えには 
納得できません。そもそも、3年も前に発見したというなら、その時 
学会に発表することもできたはずではありませんか。それを今頃に  
なってからどうこういわれても、私としては承服しかねます。    

 いや、発見の当時はそれほど重要性を感じなかったから発表しなかっ
 ただけのことだ。それを最近になって被申立人が、自分の発見だとし
 て大々的に学会発表したから、私がこうして異議を申し立てている。
 ところで、貴様がこれを発見したのは一体どういうきっかけだった?

たしか、私が宇宙物理の論文を書き上げたときだったか。なにか割り 
切れなさを感じつつも、論文にサインをした。その時、ふっと何かが 
頭の中を通り過ぎるのを感じた。そして目の前が開け、この発見をし 
たのだ。                            

 そら見たことか。私も、この天体の運行についての論文を書き上げ、
 サインをしようとして最初の一文字を書くか書かないかの時に、これ
 を思いついたのだ。発見のいきさつまで剽窃するとは、まったく見上
 げた根性だな。

なるほど、あくまでも自分が発見したことにしたい訳だな。では聞く 
が、3年前にお前がこの発見をしたという証拠があるのか?     

 ああ、当然あるとも。私がこの発見をしたことを、メイドのエルザに
 だけは言ってあるのだ。この論文も、そのときエルザに見せてある。

証人エルザ、申立人の言うことは真実か?

 エルザ:ええ、確かにご主人様は3年前、私に「つまらん事を発見し
 た。」とおっしゃって、この論文を私に
見せて下さいました。ええ、
 
に誓っ                 

なんだ、メイドの証言か。しかも、やけに口調が曖昧じゃないか。  
どうせ、いつものように暴力でも振るって無理矢理自分の言うことを 
聞かせたんじゃないのか?                    

被申立人は静粛……

私、もう我慢できません。……ライプニッツさん、その通りです。  
ご主人、いえ、こいつは、毎晩のように「悪霊が憑り付いている。」 
とかいって私を殴りつけ、私は毎日、怯えながら暮らしていました。 

 ええい、お前は恩をあだで返す気か!このライプニッツめが私を呪い
 殺そうとして放った悪霊どもがお前の背に覆い被さっていたから、そ
 れを払いのけてやったというのに!ああ、裏切りよ!深奥なる闇から
 こちらを覗く帝王よ!
                     

誰がお前なんかを呪い殺そうとするもんか!審問官殿、ご覧なさい。 
彼は正気を失っています。                    

 貴様、また私を侮辱するのか!おお、私には見える!貴様の背中に生
 えたサタンの羽が!見るがよい、拷問の火焔の中を、ゆっくりと!  

……なるほど、わかりました。申立人、他に何か申し述べることは?

 なに?貴様も本官を侮辱するのか!この発見が私のものではないなど
 と審判して見ろ。貴様は堕ちてゆく。どこまでも遙かなる深奥へと!
 たゆとう波に浮かぶ汝の屍よ! 
 

               

被申立人、申し訳ありませんが、この発見はあなたとニュートンが、
それぞれ独立にしたものとして、両方を発見者として学会史にのこす
ということで、我慢いただけないでしょうか。          

(壊れたニュートンを尻目に)やむを得ません。それで結構です。

 

 

この、ニュートンとライプニッツの論争は、数学界における残念な歴史として
残るはずであった。しかし彼らの論争は結局無益なものに終わったのである。
なぜなら、彼らの数百年前に、同様の発見はすでにコペル
クスによってなさ
れていたのだから。                          

 

 

論争「2の発見」

 

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