匠の技



それは絶妙のバランスの上に成り立っている。
味にうるさい土地柄、先代譲りの緻密な技法、恵まれた素材、
年間を通じて16度を保っている豊富な地下水。
このうちのどれが欠けても、匠の仕事は現在の水準に到達しないであろう。
それ故に匠は、自分のしている仕事は半分もない、と言いきる。

「風嬉」は江戸時代創業の老舗。匠はその5代目に当たる。
天皇家の御用商人でもある老舗の味を守り抜くこと、それだけが義務だと、
仕事の合間に匠は話してくれた。

私が尋ねたとき、匠はまさに仕事のまっただ中であった。
匠は、慶応年間から5代130年間続いた技法そのままに、
生地を手際よくこね上げ、鼻歌混じりに生地を水洗いする。
それを10回ばかり繰り返す。

やがて、匠の仕事は水さらしの最終段階に入った。
仕事の出来を左右する重要な工程だけに、匠は全くの無言となり、
全神経を指先に集中する。


おもむろに匠が、生地を水から引き上げる。
「まあ、ええ案配どすな。」

この生地からは、風嬉のすべての商品が出来る。
ヨモギ麩、紅葉麩、麩団子、焼麩・・・
どれひとつとして手を抜いた商品は作らないのが、匠の信念である。

一見客には無愛想で、怒鳴り散らし追い返すこともしばしばだ。
そして、信頼した客にだけ、極上の麩を売る。

こんな匠に、私は職人としての心意気を感じてやまなかった。


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